CarStyling 51号 1985年07月31日発行 カースタイリング出版 ………………………… 45 スバル・アルシオーネ/XTクーペ…Cd=0.29を誇るスバルのフラッグシップ……解説:有元正存 ………………………… P46 スバル・アルシオーネ/XTクーペ…Cd=0.29を誇るスバルのフラッグシップ……解説:有元正存 85年2月、北米市場でデビューしたスバルの"XTクーペ"が、5月30日ようやく日本でも発売された。日本名は"アルシオーネ"。スバルのトレードマークとなっている"六連星"の中で最も光り輝いている星の名前に由来する。その名のごとく、スバル・レインジのイメージリーダーとして期待される、富士重工初のスペシャルティ・スポーツ(主要コンポーネンツは84年7月に発売された新世代レオーネと共通)である。  アルシオーネの車種構成は、4WDのVRターボとFWDのVSターボの2車種。いっぽうXTクーペは、アルシオーネと同等トリムレヴェルのGL-10ターボ・トラクション(4WD)とGL-10ターボ(FWD)、そして普及版のGLおよびDL(ともにFWD)が用意されている。 ●"4WDの2シーター"が発想の原点 旧型レオーネには、セダンから派生したハードトップがあった。それがデビューした1979年の時点で、「この次は派生モデルの枠を超えたスペシャルティー・カーをつくろう」という合意が社内にできていたという。「71年にレオーネ・クーペを発表して以来、レオーネのヴァリエイションの開発は意欲的にやってきたが、その限界もわかってきた。また、ジャスティ(1L/4WD)やドミンゴ(1L/ワンボックス4WD)を開発していた時期であり、スバル・ラインナップの充実にともなってフラッグシップというべきモデルが必要になっていた」--と、この車の企画・開発を指揮した高橋三雄・スバル技術本部長は語る。  イメージ・リーダーたるには強い存在感が求められる。それを彼らはシルエットに求めた。低い全高、明確なウェッジ・シェイプ、そしてコンパクトなキャビンの具現である。先行して開発されていたセダンに比べて、ヒップポイントは60mmも低く、70mm後退している。開発初期には、20mmだけ低いレイアウトが考えられていたが、それでは"派生モデル"の域を出ない。「これまでのスバルとは明らかに異なるシルエットでなければ、スペシャルティ・カーではない」(高橋部長)との判断で、レイアウトが大幅に変更されたのである。このため、後席はプラス2、あるいはそれ以下のスペースしかなくなった。高橋部長によれば、「前車軸の前方にエンジンを置くレイアウトだから、前席の後ろに空間がある。そのために車両企画としては2+2になったが、我々の発想のベースには実は2シーターがあった。世界各地のディーラーとこの車の計画について話し合ってみたが、2シーターで充分という意見が大勢を占めた」という。  その結果、ボディ・シェルをレオーネ・セダンと共用できる部分はほとんどなくなった。フロアパンすら一部を流用できたにすぎない。低全高とウェッジ・シェイプを両立させるためには、エンジンルームのレイアウト変更や補器類の小型化なども必要だった。伝統のフラット4は本来はローノーズの実現に有利なはずだが、これまでのレオーネのエンジンルームは、補器類がシリンダーの上に積み上げられ、スペアタイヤまで格納していた。それを根本的に見直したのだ。「アルシオーネの特徴をシンプルに表現すれば、フラット4、4WD、エアロダイナミックスですよ」と、企画を担当した商品計画部の影山夙課長、そして高橋部長はこの企画をまとめ上げた直後に現場で指揮する立場に立たされた。「いわば自分でまいた種をみずから刈り取ることになったが、正直にいって、えらい仕事だった。けれども制約条件のなかでうまく処理するというやり方は、したくなかったし、しなかった」 ●ストリーム・ウェッジ アルシオーネ/XTクーペの抗力係数は、FWD仕様で0.29。現在の量産車のレコード・ホルダーはルノー25(0.28)だが、企画時点ではアウディ100の0.30がベストであった。だからCd=0.30以下というのが目標とされたのである。4WDモデルは、全高(すなわちフロア地上高)が40mm高いこと、プロペラシャフトなど床下気流を乱す要素が多いことなどの理由から、Cdは7〜8%悪化して0.31になるという。が、これも世界のトップクラスの値ではある。かくも低い抗力係数が達成できたことについては、林哲也・デザイン室長は「空力エンジニアとデザイナーの思いがうまく一致したからだ」と語る。ローノーズからハイデッキにいたるウェッジ・シェイプが、その一致点であり、デザイナーは"ストリーム・ウェッジ"と名付けている。  ウェッジ・シェイプが空力学的に有効であることは、最近のデザイン・トレンドを見ても明らかだ。しかし、これほどまでウェッジ感を視覚的に強調する例は少ない。きわめてシャープな印象を与えるフォルムであり、空力学の重要性が認識されるようになって以来のもうひとつのトレンド、"角から丸へ"の流れとは一線を画している。エクステリアを担当した杉本清デザイナーはこう主張する。「丸くなる傾向は見えていたが、我々は丸とか角ではなく、スピード感を印象付けることに的を絞ったのだ」--  別稿で解説されているように、アルシオーネ/XTクーペには数々のCd低減策が盛り込まれている。レオーネ・セダンの開発が半年ほど先行して進んでいたため、そこで得たノウハウも活用できたという。もし、もっと丸かったら?というのも興味ある設問だが、空力のみを優先する車ではないし、開発時点でどう先を読むか、市場の動向をどう判断するかで、選択がわかれる。ただしこの車のデザインが、空力特性のよさをわかりやすく語っているかといえば、疑問は残る。トレンドが常に正義というわけではないが、理解されやすいということも、デザインの大切な側面ではないだろうか。 ●ティルトする計器盤 インテリアでは、L字型スポークのユニークなステアリング・ホイールと、コラムから左右に生えたスイッチ・ボックス(コントロールウィングと称されている)が、まず目を引く。インテリアを担当した矢古宇宏デザイナーによれば、コンセプトは「操縦する感覚、高性能感を触感する」であったという。操作系に存在感を主張させ、操作感の新しさを訴求しようと考えたようだ。航空機メーカーでもある富士重工らしい発想であり、ダッシュボードがいわゆるコクピット・タイプであることも、コンセプトと一致する。大半の操作系がコントロールウィングに集中されていることもあって、ダッシュボードは整然とまとめられており、構えは大きいが圧迫感はない。それによってダッシュボードと、コントロールウィングおよびステアリング・ホイールとの存在感の対比が生まれていることも、この車のインテリアのポイントのひとつである。  ステアリングは上下50mm/前後40mmの調整が可能で、もちろんコントロールウィングもこれと一体で動くが、注目すべきは、メーター・パネルも連動して上下に移動することである。ティルト式ステアリングのばあい、ドライヴァーの体格あるいは姿勢にたいする好みなどによっては、メーターの視認性がステアリング・ホイールに阻害される恐れがある。これを解消するために、メーター・クラスターごとステアリング・コラムと連動させる方法が、ポルシェ928や三菱の大型トラックなどで実用化されているが、「前例のないことをしよう」(林室長)との意欲から、クラスターにかこまれたフェイシアだけが上下する構造が採用された。実現するためには、クラスター内壁とメーターとの透き間の処理(メーターの裏側からもれる光を遮断せねばならない)、コラムの支持方法など、さまざまな難問を解決せねばならなかったという。  レオーネ・セダンと同じホイールベース(2465mm)のなかに構築された室内空間は、前席にいる限り、きわめてゆったりとしている。前述のようにヒップポイントはセダンより70mm後退しているが、これには低い着座姿勢による必然的な移動量だけでなく、ペダル位置を後退させた分も含まれている。前席により多くのスペースを配分し、スポーティー・カーにありがちな窮屈間や圧迫感を排除しているのだ。  国内向けとアメリカ向け上級モデルのフロント・シートはモケット張り、ドア・トリムにはトリコットが張られ、これと同じ質感を持つ植毛加工がダッシュボードの下部に施されている。乗員をソフトな感触で包み込もうという着想によるもので、ダッシュボードのパッド面やヘッドレストも、スラッシュ成形ウレタンによって柔らかい手触りを得ている。  技術指向型企業という定評のある富士重工にとって、デザインで存在感を主張できるアルシオーネ/XTクーペの意義は大きい。国内での月販目標は500台。アメリカでは2月以来、月販2000台の目標を順調にこなしているという。先代のレオーネで年産50万台規模に躍進した同社は、新世代レオーネとこのアルシオーネ/XTクーペの投入を期に、100万台体制の確立を目指すという。 ………………………… P47 P46の英文版? ………………………… P48 エクステリアのデザイン開発 ▼1-6 レオーネのパッケージングをベースに開発されていた時期の1/5モデル。いずれもリトラクタブル・ヘッドライトを装備。3-4のモデルでは、Tバー・ルーフが提案されている。それぞれのCd値は、1-2が0.34、3-4が0.33、5-6が0.335。 ▼7-8 パッケージング大幅変更後の1/5モデル最終案。「ボンネット上のバルジはあえてスタイリングしていない。エンジン設計者に、バルジがもっと低くなるよう検討してもらうためだ。限界だといっていた彼らも、これを見て、もうひと頑張りしてくれた」と高橋部長。 ▼9 1/1クレイモデル製作風景。 ………………………… P49 インテリアのデザイン開発 ▼1-4 ダッシュボードの初期アイデア例。どれも開放感を意図したデザインである。1,2は計器クラスターとステアリング・コラムを一体化し、連動ティルトさせる提案。この方法でも、コラムをいかに支持するかは難問だろう。3,4には固定式計器クラスターも検討されたことが示されている。 ▼5 1次モックアップ。3のスケッチに通じるコクピット・タイプ。 ▼6 2次モックアップ。L字スポークのステアリング・ホイールが出現。 ▼7-8 ディテール形状およびカラーリング検討段階のモックアップ。クロス張りヘッドレストも検討された。後席まわりのヴィニール張りトリムが、この車の性格を物語る。 ………………………… P50 アルシオーネ/XTクーペの空力開発 Cdの小さな車に丸くソフトな形状をもつものが多いのは、丸くすることによって、Cd増の主因である渦の発生を抑制しやすいからである。しかし、アルシオーネ/XTクーペはシャープな形状に見えて、なおCd=0.29を達成している。これは、丸くすべきところは丸くし、角張らせてもCdを悪化させない部分をシャープにした結果であろう。また基本寸法やプロポーションの最適化、冷却系など細部における抗力低減も、貢献したものとみられる。開発は、空力エンジニアとデザイナーがそれぞれ空力最適化モデル、デザイン・モデルを製作し、それぞれの整合を求めるという形で進められた。 -------------------- ■1/5モデル段階(およそ1年かけて検討) ▼最初の空力最適化モデル 空力最適化モデル:Cd=0.08 ▼リア・ウィンドウ傾斜角の検討 空力最適化モデル:Cd=0.28 ▼初期のデザイン。モデル郡 デザイン・モデル:Cd=0.34→0.32+ ▼基本レイアウトを大幅変更 空力最適化モデル:Cd=0.29 デザイン・モデル:Cd=0.30 ▼キャビン詳細形状検討段階 デザイン・モデル:Cd=0.31 ▼リア・デック、エアダム、ボンネット上面などを改良 空力最適化モデル:Cd=0.29 デザイン・モデル:Cd=0.30+ ■1/1モデル段階 ▼ミラー・リア・バンパー、エアダム、ドア・ハンドルなど細部形状を改良 空力最適化モデル:Cd=0.28 デザイン・モデル:Cd=0.28 ■試作車段階 デザイン・モデル:Cd=0.29 -------------------- ▼最初の1/5モデル 空力エンジニアは、まず空力学的な理想形態(左の写真)を求めることから始め、Cd=0.08、CL=0.12を記録。右はごく初期のデザイン・モデルでCd=0.34。 -------------------- ▼リア・ウィンドウ傾斜角の検討 デザイン・モデルの形状をベースに空力最適化モデルが製作され、さまざまなリア・ウィンドウ傾斜角にたいするCdの変化量(僂d)が測定された。生産型に採用されたのは28°であるが、この角度は、それ以上大きくするとCdが急増するという臨界角度である。上の3点の写真でも、27°のものが最も渦の領域が小さいと推察される。 ………………………… P51 ▼Cd=0.28を得た空力最適化モデル 前記のリア・ウィンドウ傾斜角をはじめ、空力エンジニアのノウハウがデザイン・モデルに注ぎ込まれた。これに対応するデザイン・モデルは、P48の写真5-6に示されている。しかし、この低いノーズはデザイン的にもパッケージング上も成立し得なかった。 ▼リア・デック高さの最適化 1/1モデルを使って、リア・デックの前端と後端の垂直距離(H)をさまざまに変えて、僂dが測定された。採用されたのHの値は27mmであるが、これは僂dが最小(Cd低減効果が最大)になる値。 ▼エアダムの最適化 この実験も1/1モデルで行われた。Hはある基準点からエアダム下端までの垂直距離、ここでも僂dが最小となる高さ(60mm)が採用された。この値は、Clfと不整地走破性との妥協点でもある。 ▼1/1樹脂モデルでCd=0.28を達成 この段階でデザイン・モデルと空力最適化モデルが統合された。1/5デザイン・モデルの最終案より0.02以上もCdが小さくなったが、これはエアダム、リアデック、リアアンダー・スポイラー、ドアハンドル、ライセンス・プレートの取り付け位置など、細部形状の改良の積み重ねによるものである。この時点で、生産型で0.30を切る確信をもったという。上の写真からわかるとおり、気流は車体表面をなめるように流れ、渦の発生はきわめて少ない。とくに車体後部において、ルーフからの上面流がリアデックすれすれに、側面流はテーパー状のリア・ウィンドウにより車体中心方向に巻き込まれるように流れている様子は、Cd、Clが小さい証拠といえる。側面流がリアデック上を流れることにより、スポイラーのCd・Cl低減効果が高められているのである。 ※画像には「スバル・レオーネ・スペシャル」の文字が ………………………… P52 ▼車体前部形状の最適化 アルシオーネ/XT(濃紺)は現行レオーネ(オレンジ)より、ボンネットが75mm低く、ノーズのスラント角とオーヴァーハングが大きくなっており、CdおよびClを低減している。 ▼Aピラー断面形状の最適化 左から旧型レオーネ、新型レオーネ、アルシオーネ/XT。ピラーとドア・グラスの段差が小さくなっただけでなく、ピラーそのものの外表面形状も改善された。 ▼ドアハンドルのフラッシュ化 渦を発生させる凹部にリッドを設けた。航空機技術を応用したもので、"エアプレーンタイプ"と称されている。「フラッシュ・サーフェイスを触感してほしい」と杉本デザイナー。 ▼リア・ウィンドウの絞り込み ラップラウンドしたリア・ウィンドウは、平面で見て150mm絞り込まれている。これにより、上面流と側面流が合流するため、発生する渦が少なくなり、CdとClが低減されている。 ▼後部車体下面の最適化 リア・バンパー底面の前後寸法を大きくとり、凹凸の少ないフロア下面を通過した気流を整えることによってCdを2%低減。荷室フロアの平滑化は、容量の増大(オレンジ色部分)ももたらした。 ▼後輪周辺部の最適化 車体側面とホイールの段差が大きくなるサイドシル後端部にディフレクターを付加。気流をホイールに平行に導きCdを低減している。ホイールキャップも空力的なデザインで、ブレーキ用換気口をもつ。 ………………………… P53 生産型アルシオーネ ▼1 「スタイリングで最も苦労したところは、Aピラーの付け根部分。ウィンドシールド下端の線とベルトラインの高さの違いをどう処理するか、モデルで試行錯誤した結果、グラスエリアの連続感を重視して、この案に決まった」と杉本デザイナー。 ▼2 ボンネット上のエア・インテークはターボチャージャーの冷却用。ノーズ先端には、スバルのシンボル"六連星"がやや控えめに取り付けられている。 ▼3 ルーフが空中に浮いたように見えるのは、当初からのねらい。 ▼4 液晶式電子メーターは、VRターボのAT仕様にのみオプション。サイドブレーキの脇に置かれたヒーター・コントロールの操作性は疑問。 ▼5 多重露光でとらえたティルト式メーター・パネル。 ▼6 室内色はブラウン系とブルー系の2種が用意されている。写真のブラウン系は、もう少し彩度を落としたほうが質感が高まりそう。 ………………………… P54 ▼1 XTクーペの外観。ボンネット上にエア・インテークがないことが、アルシオーネとの識別点。車をさほど酷使しないアメリカ市場では、ターボチャージャーの過熱の心配はないとのこと。普及グレードのGLとDLは、車体色がモノトーンになる。 ▼2 84年7月にフル・モデルチャンジされたレオーネ・セダン。ボディ前後の絞り込みの少ないボクシーなスタイルだが、Cdは0.35と悪くない。エンジンは1.6L、1.8L、1.8Lターボ。いずれにも4WDがあるが、FWDとターボの組み合わせはない。 ▼3 ツーリングワゴンは3ヵ月遅く10月に新世代になった。Cd=0.39。1.8L/1.8Lターボを積み、4WDだけの設定。 ▼4 レオーネ・シリーズのダッシュボードはトレイ型。スイッチは計器クラスターに集中配置されている。 ………………………… P55 ▼EA82型エンジン スバル伝統の水平対向4気筒。現在のレオーネ登場の機会に、それまでの1.8L・OHVのEA81型がOHC化されてEA82型に発展した。アルシオーネ/XTクーペも基本的にはレオーネ系と同じだが、オルタネーターの小型化など補機類に違いがある。アルシオーネはターボ付き135ps(JIS)、XTクーペはターボ付き111psまたは自然吸気94ps(ともにSAE値)が搭載される。 ▼新開発のワイパー 空力特性のよいシングル・アーム・ワイパーを採用。運転者の斜め上方視界を拡大するため、3個の歯車から成るアーム軸移動機構が新開発された。